第一章 真空管とその低周波特性 1
1.1電子の性質
   真空管は真空中の電子の運動を利用したものである。真空管を説明する前に電子の性質を簡単に述べよう 
(1)電子
    電子は負の電荷を持った極めて小さな粒子である。その質量をm,電気量を−eとすると、それらは次の値を持つ。

                  
   またその大きさは、適当な仮定に基づいて計算すると半径がcm程度の球であると考えられる。なお、原子の大きさはその種類によって異なるが、半径cm程度であり電子はこれよりはるかに小さい。量子論によれば電子のような微粒子は粒子性のほかに波動性をもつが、真空管内の電子のふるまいを考えるときには粒子として取り扱ってよい。
また、相対論によれば物体の質量は一定ではなく、その速度が光の速度に近づくにつれて限りなく大きくなる。しかし光の速度の1/5程度までは質量の変化は小さいので、通常の真空管の中では電子の質量は一定と考えてよい。 
(2)金属の中の電子
   金属は一般に微細な結晶の集合として存在し、結晶内では原子が規則的に配列している。各原子は正規の状態(電気的に中性の状態)より1〜3個少ない電子を持ち、正の電荷を帯びたイオンとなり、残りの電子が自由電子(free electron)となる。自由電子は規則的に並んだ陽イオンの間を気体中の分子のようにランダムな熱運動を行っている。
 金属の中に電流を流すと、自由電子が電流の向きとは逆向きに移動して電荷を運ぶ。電子の平均の移動の速さをv,自由電子の密度をn,電流密度をiとすると、
              i = env
となる。このような電子の移動を電界によるドリフト(drift)という。
自由電子は激しい熱運動をしながら、電界に応じた緩やかなドリフト運動を行って電流を運んでいる。
(3)電子の放出
   自由電子は金属の中では熱運動を行っており、また電界によってドリフトを生ずるが、金属の外部へ飛び出すには特別な条件が必要となる。
図1.1には金属の表面から少し離れたところにある電子を示す。電子は負の電荷を持っているためにその近くの金属の表面に正の誘導電荷を生じ(すなわち自由電子の密度が小さくなる)、電子は金属の方へ引き 戻される。そのため自由電子は金属の内部に閉じこめられることになる。

           

 金属を加熱すると自由電子の熱運動が激しくなり、ついに自由電子の一部は金属の外に飛び出すようになる。これを熱電子放出(thermionic emission)といい、通常の真空管ではこれによって真空中に電子を放出させている。
電子の放出にはこのほかに光電子放出(photo-electric emission)、二次電子放出(secondary electron emission)、電界放出(field emission)がある。
光電子放出は、光の入社による電子の放出で、光電管などに利用されている。
二次電子放出は、金属,半導体,絶縁物の表面に電子やイオンが衝突する事により電子が放出される現象である。二次電子放出は真空管の特性に悪い影響を与える事があり、また逆に光電管などの感度を良くしたりするために利用される。
電界放出は金属表面に極めて強い電界を、電子を引き出す方向に加える事により加熱などなしに電子が放出される現象である。
程度以上の高い電界必要であって、真空管の陰極には利用されていない。
1.2真空管の構造
 ふつうの真空管(vacuum tube)はガラス(時には磁器,金属)でできた管球(envelope)の中にいくつかの電極を収めたもので、内部は排気されていて接続用の脚(ピン)やその他の端子をそなえている。
真空管には電極の数によって二極真空管(diode),三極真空管(triode),四極真空管(tetrode),五極真空管(pentode),七極真空管(heptode)などがある。四極真空管の変形であるビーム出力管(beam power tube)もある。
真空管の中にある電極の種類は陰極(cathode),格子(grid),陽極(plate,anode)その他である。
四極,五極,七極真空管は格子をそれぞれ二個,三個,五個もっている。それで七極真空管は時に五極格子真空管(penta-grid tube)と呼ばれる。
陰極は電子を放出する役目をします。熱電子放出作用を利用したもので熱陰極(thermionic) cathode)ともいい、電子の放出部である陰極自身に加熱のための電流を流す直熱陰極(directly-heated cathode)と、放出部のほかにヒーターをそなえた傍熱陰極(indirectly-heated cathode)とがある。直熱陰極はフィラメント(filament)ともよばれる。
電子を放出する部分の材料としてはタングステン,トリウムタングステン,バリウムの酸化物とストロンチウムの酸化物との混合物などがある。タングステン陰極は純粋なタングステン線を用いたもので、これに加熱用電流(交流または直流)を流して生ずるジュール熱によって約2200度の温度に加熱して使用する。
トリウムタングステン陰極はタングステン線の中に少量のトリウムの単原子層を作り、約1700度の温度で十分な電子を放出する。
いずれも直熱陰極として、タングステン陰極は大型の真空管に、トリウムタングステン陰極は中型の真空管に用いられている。
バリウムの酸化物とストロンチウムの酸化物の混合物を用いた陰極はふつう酸化物陰極(oxide-eoatedcathode)と呼ばれ、直熱陰極と傍熱陰極の両方に用いられている。直熱陰極の場合にはタングステン線の表面にこれが塗布され、傍熱陰極の場合にはニッケルなどの細いチューブの表面に塗布され、チューブの中にアルミナを焼きつけて絶縁したタングステンのヒーターが入り、使用時には900℃くらいに加熱される。
いずれも比較的小型の真空管に用いられる。
陽極は陰極から放出された電子を捕らえたり、ときにはその一部または全部を追い返して電子の流れを変化させる。また格子は陽極と陰極の間にあって陰極から出て陽極に流入する電子流の大きさを変化させる。
前に述べた二極真空管,三極真空管などの電極系がいくつか一つの管球内に入っているものもあり、これを複合管という。複合管には全波整流管,双二極三極管,双三極管,三極五極管などいろいろある。
真空管にはこのように多くの種類があるが、同種の真空管でも構造上の相違がある。ラジオやテレビジョンの受信機などに用いるいわゆる受信管は比較的小型であるが、送信管は電圧や電流も大きいので比較的大型になり、かつ使用時の発熱を逃がすためには自然冷却のほかに強制空冷式,水冷式のものなどがある。
水冷式は陽極面に直接水を流して冷却するもので、陽極には銅を用い、これに水筒を外付けするものと、自蔵しているものとがある。蒸発冷却式は特殊なひだをつけた陽極を水槽に浸し、水の蒸発熱により冷却する。
1.3 真空管の低周波特性(1)
(1)二極真空管
   図1.2(a)に示すように傍熱型二極真空管のヒーターに交流又は直流の定格電圧を加えて陰極を加熱し、陽極電圧Vpと陽極電流Ipとの関係を調べると(b)に示すようになる。ここで陽極電圧とは陰極を基準とした陽極の電圧のことで、陽極電位が陰極のそれより低いときには陽極電圧は負とする。
 また陽極電流は陽極端子から管内に流れ込む向きを正とする。陽極電圧が負のときには陽極電流は流れず、陽極電圧が正のときには陽極電圧を増加させるに従って陽極電流は増加する。陰極端子から流れ出る電流を陰極電流というが、これは二極真空管では陽極電流に等しい。
 
(a)                   (b)     
【図1.2】
   加熱された陰極からは電子が放出される。陽極電圧が負の時には方出された電子はふたたび陰極の方へ追い返され、陽極には到達しない。陽極電圧が正になると陽極電流が流れるが、このときにも陰極と陽極の間の空間に電子が存在し、このために陰極から放出された電子の一部はふたたび陰極の方へ追い返される。陽極・陰極の間の空間に分布して存在するこのような電荷を特に空間電荷といい、空間電荷によって陽極電流が制限されている範囲では陽極電流Ipは陽極電圧Vpの3/2乗にほぼ比例する。すなわち、
              
   ここでGは真空管の電極の構造によってきまる定数でパービアンス(perveance)とよばれる。
陽極電圧がある程度以上高くなると、陰極から放出される熱電子は全部陽極に流れ込むようになる。すると陽極電圧をそれ以上高くしても陽極電流はあまり増加しなくなる。これを陽極電流の飽和(saturation)という。実際には陽極電圧を高くしていくと、陰極から毎秒放出される電子の量もわずかに増すため、陽極電流はいくらか増加する。
実際の真空管ではヒーターを定格電圧で加熱したときには飽和は通常観測されない。これは飽和電流が大きく飽和に達するには陽極電圧をかなり高くしなければならないからである。しかしヒーターの加熱電圧を定格値よりも下げると飽和電流は小さくなり、容易に観測されるようになる。図1.2(b)に点線でこの特性の例を示しておく。
直熱型二極真空管では陰極の各部の電位が一定でないので、陽極電圧という言葉自身があいまいになる。
図1.3(a),(b)に示すようにEpを陽極電圧とよぶことにすると、EpとIpの関係は同じ真空管でも(a)と(b)とでは少しちがってくる。また(c)で示すように陰極を交流で加熱する時には陽極電流には交流分も含まれることになる。しかし実際には加熱電圧Efは小さいので、(a),(b),(c)の相異はあまり大きくなく、大体の特性は傍熱型真空管と同様と考えてよい。
   
(a)               (b)                (c)
 【図1.3】
   以下に各種の真空管の特性について説明するが、それらは傍熱陰極をもち、かつ定格値で加熱されているものとする。 
                 
(2)三極真空管
 図1.5に三極真空管の陽極電圧Vp、格子電圧Vg、陽極電流Ipの関係の例を示す。 
 (a)には格子電圧を一定とした時の陽極電圧と陽極電流の関係を、(b)には陽極電流を一定に保つようにした時の格子電圧と陽極電圧の関係を示している。
なお、これら三種の特性曲線は同じ真空管のものであるから本質的には同じものであって、どれか一種の特性曲線群がわかっているときには他のあらわし方に書きかえることができる。 

【図1.4】
【図1.5】 (a) (b)
   また、これらの図では格子電圧は零から負の値をとっているが、これは、三極真空管は通常格子電圧が負の範囲で使  用されるからである。そして、格子電圧が負の間は電子は格子にはほとんど流れこまないため、格子電流は0と考えてよい。したがってこの時には陰極電流は陽極電流に等しい。
理論の結果によれば、格子電圧が負の範囲では、陽極電流は陽極電圧と格子電圧の一次結合Vp/μ+Vgの関係であって、Vp/μ+Vgが負のときには陽極電流は0、正のときにはこの値の3/2乗にほぼ比例し、
          
   となることが知られている。μ・Gは真空管の構造によって決まる正の定数であって、特にμは後で説明する増幅定数に等しい。

(3)三極真空管の増幅作用
   図1.6(a)は簡単な増幅回路の例である。格子と陰極の間には増幅すべき交流入力電圧E1と一定の直流電圧Ecが直列につながれている。
(a)                 (b)   
【図1.6】
   Ecは負の値、すなわち格子側が負になるような向きで、格子電圧は周期的に変化するが、正にはならないようになっている。陽極側には直流電圧Ebに直列に抵抗Rが入っており、陽極電流も周期的な変化をする。つぎに格子電圧Vgと陽極電流Ipとの関係を求めよう。
 図1.6(b)は、真空管と電源Ebおよび抵抗Rの直列回路とを切り離したところである。真空管の陽極電圧と陽極電流の関係は格子電圧をいくつかの一定値にとると、図1.5(a)のような曲線群で表される。一方Ebと Rの直列回路では電圧Vpと電流Ipの関係は、

     Vp=Eb−R×Ip

で表される。これはVp,Ipを縦・横両軸に取ってグラフを画くと直線になる。この直線を負荷線(load line)という。特性曲線群と負荷線を同じグラフに画くと図1.14となる。ここではEb=250V,R=25kとしてある。
図1.6(a)の回路で種々の格子電圧に対する陽極電流は、各特性曲線と負荷線の交点で表される。格子電圧Vgと陽極電圧Vp,陽極電流Ipの関係は次表のようになる。
Vg(V) −2 −4 −6 −8 −10 −12
Vp(V) 75 105 135 162 187 212 232
Ip(mA) 7.0 5.8 4.6 3.5 2.5 1.5 0.7

   いま、格子に−4Vの直流電圧と振幅2Vの交流電圧とを加えると格子電圧は−2Vから−6Vの間を変化し、陽極電圧は105Vから162Vの間を、陽極電流は5.8mAから3.5mAの間を変化する。したがって出力電圧の振幅は(162−105)/2=28.5V、電圧増幅度は14となる。また負荷抵抗に供給される交流電力は16mWである。一方、適当な負のバイアス電圧のため、格子電圧は常に負に保たれていて格子電流はほとんど流れず、無限大に近い電流増幅度および電力増幅度が得られる。
【図1.7】 【図1.8】
   格子電圧と陽極電流のグラフを画くと図1.8のようになる。これを動特性曲線という。図には振幅2Vの正弦波入力を加えたときの格子電圧および陽極電流の波形をもあわせて示してある。動特性曲線の曲りのため非直線歪(non-linear distortion)が生ずる。入力電圧があまり大きくないときにはこの歪は小さいが、入力電圧が大きくなると歪が生じやすいので負荷抵抗,B電圧,バイアス電圧などを適当にえらび、かつ入力電圧の大きさを制限しなければならない。
   

M.I.の趣味の部屋